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ひろみを猛特訓する宗形コーチ!実はこんな秘密が彼には隠されていた

ひろみと出会ってから、猛特訓をする宗方コーチ。彼は何故こんなにひろみに対して猛特訓、トレーニングをさせていたのでしょうか?

素人同然のひろみをいきなり選手に選んだり、他の選手を帰した後でもひろみ1人残して厳しい練習を叩き込むなど、本当にスパルタコーチと言っていいほど過言ではありません。まだ何も分からなかった時、宗方コーチはひろみに対して、厳しすぎる、あるいは冷たい人の印象しかありませんでした。

誤解と冷たい視線の中で苦しむひろみであっても、何故そこまでして宗方コーチはひろみを鍛え続けて行くのか?これには色んな秘密が隠されていました。

宗方コーチはひろみがまだ素人であっても、彼女のプレイに密かな才能を見出し、「これだ!これが俺の探し続けてきたものだ!」と残された命をかけてひろみを自分に相応しい選手だと判断、育てるために猛特訓をするようになったのです。

そしてひろみが素直に自分についてきてくれるので、宗方コーチ自身もひろみを上級の選手に育てて行くことに生きがいを感じ、なお一層厳しいハードトレーニングをひろみにやらせていきます。

ひろみが「私のテニスを教えて下さい。」と訴えるとコーチは、「お前の方からそういってくるのを俺は半年以上待った。」と答えます。「私のテニス」とは、宗方コーチ自身が思っていた女子を超えた男子並みのプレイヤーに育てることでした。

「俺についてくるには、女であることを忘れろ!女であることを超えるんだ!」ひろみもまた宗方コーチの男子並みのハードトレーニングをこなしつつ、ついていくのでした。

不治の病で二度とテニスの出来ない体となり、それに余命宣告までされた宗方コーチではありますが、こんなに真剣に打ち込める選手に出会えて、ある意味最後の充実感、幸せな時期だったと言えます。

しかもひろみはコーチに余命宣告があったなんて事実は全然知りません。でもひろみの方も専属コーチがついたお蔭でどんどんテニスの腕前を上げていきました。しかも短期間でお蝶夫人と互角に戦えるようになっています。これもコーチの指導の賜物です。

しかし、コーチにはまだ謎めいた秘密がありました。コーチは子供の頃に母親を病気で亡くし、父親に対しては激しい憎しみを抱いていました。

コーチの母親は19歳で彼を産んでいますが、父親の浮気により捨てられてしまいます。元々病気がちだった母親をコーチは看病していましたが、8歳の時に亡くなり、祖父母の元に引き取られました。

それから父親は別の女性と再婚し、その間に生まれたのが蘭子なのです。

病気がちでも1人で自分を育ててくれた母親。コーチはひろみが亡くなった母親に似ていることから、その面影をひろみに重ねていたのです。

ひろみを一流プレイヤーとして育てて行くのが、宗方コーチの残された人生だったのです。

一時ひろみが藤堂さんと恋に陥った時に、「恋に溺れるな!」と激しく叱りますが、それは愛情の証でもあったんですね。折角一流プレイヤーとしての階段を登りつつあるのに、恋などは持っての他!と宗方コーチの中にはあったんです。

でも宗方コーチがひろみを愛していたのは、恋愛感情ではなく、母親の面影を重ねた思いから来ていたんですね。幼くして母親を亡くした宗方コーチは、きっともっと母親の愛情に溢れたかったのかもしれません。

ひろみに出会い、選手として育て上げ、27歳の若さで他界してしまった彼は幸せな最期を迎えることが出来ました。改めて合掌。