女の子なら誰もが憧れた!アタックNo.1とエースをねらえ!の魅力

バレーボールの青春アタックNo.1!アニメ放送時はバレーが大流行

バレーボールの少女向けスポ根作品・アタックNo.1は、原作者が浦野千賀子先生で、昭和43年週刊マーガレットにて約4年間掲載されたものです。

私は原作の漫画につきましては、まだ物心つく前でしたので、内容は全然知りません。アタックNo.1のアニメ自体を知ったのも、再放送されてからです。本放送は、昭和44年12月~昭和46年11月の2年間、全104話が毎週日曜日に放映されていました。

ヒロイン・鮎原こずえはアニメスタート時は、中学生で終盤は高校生にして実業団に入り、世界のバレーアタッカーとして成長していく物語でした。

でもアタックNo.1の他にも、バレーボールをテーマにしたスポ根作品は存在しており、「サインはV」がそうでした。でもこの作品は原作は漫画でしたが、実際の放送は実写版としてアタックNo.1と肩を並べるように人気がありました。

ヒロイン・鮎原こずえの声を担当していたのは、私が幼少時代のNHK「おかあさんといっしょ」で当時歌のお姉さんをしていた小鳩くるみさんです。歌のお姉さんが声優をやっていたなんて私は長い事知っていませんでした。

初めて気づいたのは、再放送されていて、エンディングの声の出演で知りました。小鳩くるみさんは顔はよく覚えてはいませんが、歌のお姉さんだった時の歌声はよく覚えています。ですから珍しい仕事に抜擢されたんですね、小鳩さんは。

役が中学生ですから、声優といえどもなりきるのが難しかったのではないでしょうか。2年間の放送でしたので、アフレコなどに忙しかったことでしょう。

さて、アタックNo.1が放送されたことで、バレーボールの人気は当時は非常に高かったと言われています。やはり昭和40年代はスポ根アニメのメニューが多かったことも有り、特にバレーボールは身近に出来るスポーツとして親しまれました。

ママさんバレー、子供会バレー教室、クラブ活動のバレー部など、アタックNo.1を見ていた子供達をはじめとするその親たちまでもが夢中になってバレーをしていました。

私などは本放送時はまだまだ小さい幼稚園児でしたので、バレーボールは出来ませんでしたが、小学生になって、再放送を見た時から近所の友達とバレーボールごっこをして遊んでいました。

でもバレーボールごっこをしていた時は、本物のバレーボールを使っていたわけでなく、ビーチボールや風船など割と小さい子どもでも気軽に使えるボールを使っていました。

中学生になって、体育の授業でバレーを取り入れていましたが、サーブ、レシーブなど本物のバレーボールで仮試合をした時は、皆素人でしたのでアニメの様にポンポンとプレイできてたわけではありませんでした。

本物のボールって固くて、レシーブなどすると手首が痛くてたちまち赤くなってしまいました。

よくオリンピックとかインターハイなどで、バレーの試合をテレビ観戦したことはありましたが、実際の選手はこんなに固いボールでプレイしていたのかと思うと想像もつきませんでした。

アニメを見てると、ボールはいかに軟らかそうに見えて、レシーブしているシーンをよく見てましたが、現実はアニメ程そんなに簡単にレシーブって素人では出来ないんですね。練習してこそ上達して、一人前のプレイヤーになるってことを知りました。

スパイクする前にトスしますが、あのトスも本当に難しいです。上手にボールをあげてスパイカーに引き渡すのがトスの重要な役目ですよね。あれもタイミングが大事で、息と呼吸が合っていないと上手くいきません。

バレーっていかに両腕と指の力を鍛えないと出来ないスポーツなんですね。

アニメのようにはいきません。